Wednesday, September 18, 2013

【番外編】雑学(2)

明治時代にチリ政府は、日本にイースター島を売却しようとしていた。

(了)

Tuesday, September 10, 2013

第6話 首なし鶏が生きた18ヶ月

コロラド州フルイタ市のとある農家で、1945年9月10日に夕食用として一羽の鶏が首をはねられた。
通常ならそのまま絶命するはずであったが、その鶏は首の無いままふらふらと歩き回り、それまでと変わらない毛づくろいや餌をついばむようなしぐさをし始めた。翌日になってもこの鶏は生存し続け、その有様に家族は食することをあきらめ、切断した首の穴からスポイトで水と餌を与えた。

翌週になって一家の主はソルトレイクシティのユタ大学に、マイクと名づけた首なし鶏を持ち込んだ。科学者は驚きの色を隠せなかったが、それでも調査が行なわれ、マイクの頚動脈が凝固した血液でふさがれ、失血が抑えられたのではないかと推測された。また脳幹と片方の耳の大半が残っているので、マイクが首を失っても歩くことができるのだという推論に達した。

結果、マイクはこの農家で飼われることになったが、首の無いまま生き続ける奇跡の鶏はたちまち評判となりマイクはマネージャーと農家の主人とともにニューヨークやロサンゼルスなどで見世物として公開された。話題はますます広がるとともに、マイクも順調に生き続け、体重も当初の2ポンド半から8ポンドに増えた。雑誌・新聞などのメディアにも取り上げられ、ライフ、タイムなどの大手に紹介されることとなった。
1947年3月、そうした興行中のアリゾナ州において、マイクは餌をのどにつまらせ、飼い主が興行先に給餌用のスポイトを忘れたため手の施しようもなく、窒息し死亡した。

マイクの死後、ギネス記録として首なし鶏マイクの生涯が記録された。

首なし鶏マイク

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A6%96%E3%81%AA%E3%81%97%E9%B6%8F%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%82%AF

(了)

Sunday, September 8, 2013

第5話 FIFA公認の最下位決定戦

2002年6月30日、日韓W杯の決勝戦(ブラジル—ドイツ)が行われた日と同じ日に、 
ブータンの首都ティンプーで当時、FIFAランク最下位クラスだった、 
ブータンとモントセラトの間で「もう一つの決勝戦」が行われた。 
決戦は決戦でも最下位決定戦である。

結果は、ブータンがホーム(高地)だったためかブータンが勝利し最下位を免れた。 
この試合はドキュメンタリーとして2003年に日蘭合作で映画化された。 

アザー・ファイナル
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%B6%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%8A%E3%83%AB

(了)

Friday, September 6, 2013

【番外編】雑学(1)

インド最大の都市のムンバイ(ボンベイ)は、 
かつて、UTC+4時間51分という中途半端な標準時を採用していた。

(了)

Tuesday, September 3, 2013

第4話 北極海の幽霊船

ハドソン湾会社所有のベイチモ号(Baychimo)は、
カナダ・ビクトリア島に住むイヌイットとの毛皮と食料の交易に使用されていたが、
1931年交易航海の終わりに叢氷に閉じ込められた。

乗組員は飛行機で救出されたが、その後の調査ではベイチモ号は跡形もなく消えていて、
船長は、船は嵐のせいでバラバラになって沈んだに違いないと判断した。
しかし数日後、イヌイットの猟師がベイチモ号を見たと知らせてきたがベイチモ号は放棄された。

しかし、ベイチモ号は沈まず、その後数十年に渡り数多く目撃され、
人々は何回か船に接触できたが、いつも装備がなかったか、悪天候のせいでサルベージに失敗した。

その後も度々ベイチモ号は目撃されており、放棄されてから38年後の1969年、叢氷のなかで凍り付いているところを発見された。
しかし、これが幽霊船ベイチモ号の最後の目撃例である。
 
2006年にアラスカ州政府はいまだ海上にあるか、沈んでしまったかに関係なく、
「北極海域の幽霊船」のミステリーとベイチモ号の居場所解明プロジェクトを開始したが、今の所発見には至っていない。
 
ベイチモ号
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%99%E3%82%A4%E3%83%81%E3%83%A2%E5%8F%B7

(了)